はじめに
「クマの出没が過去最多」――2025年の秋は、こうしたニュースをよく目にしました。
身近な“思い込み”を公的なデータで確かめる「本当なの?」シリーズの5回目です。前回は紅葉と果物の産地を調べました。今回も秋の話題で、山の生き物のクマです。
読み進める前に、予想してみてください。クマに襲われてけがをしたり亡くなったりした人は、2025年度の1年間で全国に何人くらいいたと思いますか?
- 約20人
- 約70人
- 約240人
- 約1,000人
この記事の「過去最多」は、環境省の人身被害の表がある2008年度以降での最多です。使うのは環境省の速報値(2026年10月14日更新)と、林野庁のブナの実りの調査などです。くわしくは記事の最後の「データと確かめ方」にまとめました。
答え:本当。被害も出没件数も、確かめられる範囲で過去最多
本当です。2025年度にクマの被害にあった人は238人で、2008年度以降で一番多くなりました。 最初の問いの答えは「約240人」です。
- 2番目に多いのは2023年度の219人です。200人を超えたのは、この2つの年度だけでした
- 2025年度は、亡くなった人も13人で最多でした
- 被害は秋に集中しています。2025年度は、10月と11月だけで1年の約半分でした
ニュースでよく聞く「出没件数」も最多でした。月ごとの表は2022年度からしかないので、それより前は環境省の資料のグラフの数字を使い、4〜12月どうしで比べました。
- 2025年度の4〜12月は約5万件で、2009年度からの17年度で一番多くなりました
- それまで最多だった2023年度の2倍以上です
- ただし、出没件数は県ごとに数え方が違います。この記事では、数え方がそろいやすい人身被害を主に使います
予想と違った点:毎年増えているわけではない
「年々増えている」と思うかもしれません。でも図を見ると、被害は毎年増え続けているわけではありません。多い年と少ない年が、ほぼ交互に来ています。
- 2024年度は85人で、前後の年度の半分以下でした
- 2026年度は、9月末までで68人です。2025年度の同じ時期の108人より少なめです
- ただし、被害が一番多い10〜11月の数字はまだ出ていません。出没件数は同じ時期で比べると2026年度のほうが多く、「クマが減った」とはまだ言えません
では、多い年と少ない年は、何で分かれるのでしょうか。
もう一つの発見:ブナが大凶作の年に、東北の被害が増える
クマは冬ごもりの前の秋に、ブナやナラの実(どんぐりなど)をたくさん食べます。環境省も、秋の出没の数は木の実の実りの良し悪し(豊凶)に大きく左右されると説明しています。
そこで、被害が多い東北の5県について、被害の人数とその秋のブナの実りを並べました。実りは林野庁の豊凶指数(0〜5)で見て、5県の平均が1未満の年を「大凶作の年」と呼びます。
- 大凶作だった8年の被害は平均約66人で、それ以外の年の約2倍でした
- 被害がとびぬけて多い2023年度と2025年度は、ブナの指数が1989年以降で一番低い2つの年でした
- 反対に、実りが良かった2024年度は29人でした。2026年の秋も、ブナの実りは良い年です
秋だけで見ると、関係はもっとはっきりする
ブナの実が効くのは、クマが冬ごもりに向けて食べる秋です。そこで、月ごとの表がある2014年度から、東北5県の被害を秋(9〜11月)とそれ以外に分けました。
- 大凶作の年の秋の被害は、ほかの年の秋の5倍以上でした
- 秋以外の月は、大凶作の年とほかの年で大きな差はありません
- 2023年度と2025年度は、東北の被害の約7〜8割が秋でした
ブナの実りと一緒に動いているのは、おもに秋の被害だということになります。
ブナだけでは説明できない「底上げ」
ただし、ブナだけで全部を説明できるわけではありません。2023年度と2025年度の東北の被害は、それまでの大凶作の年の2.5倍以上でした。何かが被害を押し上げた可能性があります。
その候補としてよく言われるのが、秋の気温、山あいの人口の減少、捕獲の数です。3つを確かめました。
秋の気温:はっきりした関係は見えない
暖かい秋ほど、被害が少し多い形にはなっていました。2023年の秋は、北日本で1946年からの統計で一番暖かい秋でもありました。
ただ、秋の気温も被害も、どちらも年とともに増える傾向があります。その分を除いて比べると、関係はとても弱くなりました。「暖かい秋だから被害が多い」とは、このデータからは言えません。
人口の減少:人口が減っても被害が0人の県がある
「山あいの人が減って、クマが人里に出てきやすくなった」という説もあります。そこで、都道府県ごとに、2025年の人口の減り方と2016〜2025年度の被害を比べました。人口の減り方の上位10県の表は、「データと確かめ方」にあります。
- 47都道府県で比べると、人口が減っている県ほど被害が多い傾向はあります
- でも、上位10に入る高知県・徳島県・愛媛県は、10年で被害が0人です。四国のクマは数が少なく、住む場所も限られています。人口が減るだけで被害が起きるわけではありません
- 被害が多いのは、秋田県や岩手県のような東北の山の多い県でした。人口の減少と被害の両方が、「クマが多く住む山の多い地方」と結び付いている可能性があります
もう一つ、時間の向きでも考えます。東北の被害は、2024年度から2025年度の1年で4倍以上になりました。こうした年ごとの大きな上下は、人口のゆっくりした減少では説明しにくく、ブナの豊凶のほうが合っています。ただし、長い目で見た「底上げ」に人口の減少がかかわっているかは、確かめられませんでした。
捕獲の数:減っていない。被害の多い年に増えている
東北5県の許可捕獲の数は、2025年度が約7,200頭で最多でした。2008年度の約19倍です。捕獲は減っていないので、「捕獲が減ったから被害が増えた」とは言えません。
- 被害の多い年ほど、捕獲も多い傾向があります。とくに2023年度と2025年度は、どちらもとびぬけて多い年でした
- 許可捕獲は、人里に出てきたクマなどを捕まえるものです。被害が増えた結果として捕獲が増えた、と考えるのが自然です。ただし、この向きはデータからは確かめられません
- 狩猟による捕獲は、この表には入っていません
まとめ
- クマの被害が過去最多なのは本当。2025年度の人身被害は238人で、2008年度以降で最多
- 出没件数も、4〜12月で比べると2025年度が最多。ただし、出没件数は県ごとに数え方が違う
- ただし、毎年増え続けているわけではない。多い年と少ない年が、ほぼ交互に来ている
- 東北5県では、ブナが大凶作の年に被害が約2倍。とくに秋の被害がブナと一緒に動く
- 秋の気温、人口の減少、捕獲の数が被害を増やしたとは言えない。捕獲はむしろ増えている
- 限界:環境省の値は速報値。ブナの指数は東北5県の国有林だけの調査。ナラなどほかの木の実、クマの数、狩猟、耕作放棄地は調べていない。相関は一緒に動くことを示すだけで、原因は示さない。2023年度と2025年度に被害がとびぬけて多かった理由は、このデータからはわからない
次回(2026年11月2日公開予定)は、2026年は本当に地震が増えているのかを確かめます。
おまけ
被害が一番多いのは岩手県
2008〜2025年度の18年の合計では、全国で1,947人がクマの被害にあい、そのうち54人が亡くなりました。都道府県では、岩手県が347人、秋田県が309人です。3位は長野県の193人でした。岩手県と秋田県の2県で、全国の3分の1(34%)になります。2023年度と2025年度は、どちらも秋田県が一番多い県でした(70人と67人)。
2025年度の10月は、1か月で89人
2025年度の被害を月ごとに見ると、10月が89人と飛び抜けて多く、9月の39人、11月の33人と続きます。出没件数も、10月が15,998件、11月が10,338件でした。この2か月で1年の52%です。
データと確かめ方
使ったデータ
| 比べるもの | 使うデータ |
|---|---|
| 人身被害 | 環境省「クマ類による人身被害について」の被害人数(亡くなった人を含む)。年度(4月〜翌年3月)ごと・都道府県ごとの値で、2008年度からあります。この記事の「過去最多」は、この表のある2008年度以降での最多のことです |
| 出没件数 | 環境省「クマ類の出没情報について」の件数。月ごとの表があるのは2022年度からで、北海道は入りません。2009〜2021年度は、環境省の資料「クマ類の生息状況、被害状況等について」のグラフの数字(ツキノワグマ、4〜12月と1〜3月)を読み取って使います |
| 捕獲の数 | 環境省「クマ類の捕獲数(許可捕獲数)について」。被害を防ぐためなどに許可を受けて捕まえた数で、狩猟は入りません。2008年度からあります |
| ブナの実り | 林野庁東北森林管理局「ブナ開花・結実調査」の、秋の結実の豊凶指数(0〜5)。青森・岩手・宮城・秋田・山形の国有林145か所を目で見て調べたもので、1989年からあります |
| 秋の気温 | 気象庁の、北日本(北海道と東北)の9〜11月の平均気温の平年差(平年は1991〜2020年の平均) |
| 人口 | 総務省「住民基本台帳に基づく人口」の、都道府県ごとの2025年の人口の増減率 |
環境省の値は、都道府県から聞き取った速報値(2026年10月14日更新)で、後で変わることがあります。どのデータも、2026年10月29〜30日に取得しました。
人身被害の細かい値
- 2022年度までの最多は2020年度の158人で、2025年度はその1.5倍です。2008〜2022年度の平均は、1年に約94人でした
- 亡くなった人は、2022年度までは多い年でも5人でした。2025年度は被害の件数(216件)も最多です
- 2025年度の10月と11月の被害は122人で、1年の51%です
出没件数の数え方と比べ方
- 2025年度の1年分の出没件数は50,801件で、前の年度の2.5倍でした
- 4〜12月どうしでは、2025年度は49,738件で、それまで最多の2023年度(23,879件)の2.1倍です
- 出没件数は、警察への通報の数や市町村からの情報など、都道府県ごとに数え方が違います。数え方が年によって変わっていないかもわかりません
- 2009〜2021年度の値は、資料のグラフに書かれた数字を手で読み取ったものです。2022年度は、グラフの値と月ごとの表の合計が一致することを確かめました
- 2026年度の4〜8月の出没件数は19,789件で、2025年度の同じ時期(16,785件)より多くなっています
ブナの豊凶指数と被害
- 豊凶指数は県ごとに出ていて、東北森林管理局は**1未満を「大凶作」**としています。この記事では、5県の指数の平均を使いました
- 2008〜2025年度の18年のうち、大凶作は8年。その年の東北5県の被害は平均65.9人で、それ以外の10年の平均(31.9人)の2.1倍です
- 被害の人数とブナの指数の相関係数は−0.54です。−1に近いほど「ブナが少ない年ほど被害が多い」がはっきりしています。県ごとでも、5県すべてで −0.31〜−0.53 のマイナスでした
- 2023年度と2025年度のブナの指数は0.06と0.10で、5県の値がそろう1989〜2026年の37年で一番低い年と2番目に低い年です
- 2024年度は指数3.24(並作)で、東北5県の被害は29人でした。2026年の秋の指数は3.64で、2026年度の東北5県の被害は9月末までで30人です
秋(9〜11月)だけで見た値
月ごとの表がある2014〜2025年度の12年で計算しました。
- 大凶作の年の秋の被害は平均44人、それ以外の年の秋は平均7.8人で、5倍以上です
- 秋以外の月は、平均31.5人と25人でした
- 相関係数は、秋の被害とブナの指数が−0.60、秋以外の月とブナの指数が−0.28です
- 2023年度は138人のうち96人(70%)、2025年度は134人のうち103人(77%)が秋の被害でした
- 指数が2以上だった年(2015・2018・2022・2024年)の秋の被害は、2〜5人でした
「前の年」のブナとの関係は分けられない
ブナには、豊作の年と凶作の年が交互に来やすい性質があります。実際、今年と前の年の指数の相関係数は−0.70でした。そのため、被害と「前の年」のブナの相関(+0.49)は、前の年の豊作そのものの影響なのか、その裏返しなのかを、このデータでは分けられません。2023年度も2025年度も、実りの良かった年(2022年は2.56、2024年は3.24)の次の大凶作でした。
「底上げ」と、3つの候補の確かめ
- 2022年度までの大凶作の6つの年は、東北5県の被害が32〜53人でした。2023年度(138人)と2025年度(134人)は、その2.5倍以上です
- 秋の気温:北日本の秋の気温の平年差と東北5県の被害の相関係数は0.37です。年との相関係数は、気温が0.46、被害が0.53でした。両方から年とともに増える分(直線の傾向)を除くと、相関係数は0.16まで下がりました
- 人口:人口の減り方が上位10の県と、2016〜2025年度の10年の被害は、下の表のとおりです。47都道府県の人口増減率と10万人当たりの被害の相関係数は−0.46です。東北5県の人口は、2025年の1年で0.71〜1.88%減りました。一方、東北5県の被害は2024年度の29人から2025年度の134人へ、4.6倍になっています
- 環境省の人身被害の表の注記は、高知県・徳島県・愛媛県を「近年クマの目撃・捕獲の実績が無い」としています。四国では、環境省などの2024年度の調査で、剣山山系とその周辺の徳島県・高知県の19か所でツキノワグマが撮影され、少なくとも26頭が確認されています。クマの数や住む場所は、この記事では調べていません
| 人口の減り方の順位 | 都道府県 | 2025年の人口増減率 | 10年の被害(人) | 10万人当たり(人) |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 秋田県 | −1.88% | 237 | 26.6 |
| 2 | 青森県 | −1.62% | 49 | 4.2 |
| 3 | 山形県 | −1.62% | 39 | 3.9 |
| 4 | 高知県 | −1.60% | 0 | 0 |
| 5 | 岩手県 | −1.54% | 230 | 20.2 |
| 6 | 福島県 | −1.43% | 91 | 5.2 |
| 7 | 山口県 | −1.42% | 8 | 0.6 |
| 8 | 徳島県 | −1.31% | 0 | 0 |
| 9 | 新潟県 | −1.31% | 92 | 4.4 |
| 10 | 愛媛県 | −1.31% | 0 | 0 |
捕獲の数の確かめ
- 東北5県の許可捕獲は、2008年度の376頭から2025年度の7,205頭へ、19倍になりました。全国では2025年度に14,741頭です
- 捕獲の数と被害の人数の相関係数は0.92です。どちらも年とともに増える傾向があり(年との相関係数は捕獲が0.68、被害が0.53)、その分を除くと0.90でした
- この0.90は、2023年度と2025年度に大きく引き上げられています。捕獲は2023年度が4,665頭、2025年度が7,205頭で、次に多いのは2020年度の2,175頭です。この2つの年を除いた16年で計算すると、相関係数は0.62でした
- 大凶作の年の捕獲は平均2,439頭で、それ以外の年(1,011頭)の2.4倍でした
- 狩猟による捕獲や、狩猟をする人の数の変化は、この表には入っていません
出典
- 環境省「クマ類の出没情報について」のうち、「クマによる人身被害件数(速報値)」(2008年度〜、2026年10月14日更新)、「H26年度人身被害件数」〜「R08年度人身被害件数(速報値)」(都道府県別・月別)、「クマの出没情報(速報値)」(直近5か年、2026年10月14日更新)、「クマの許可捕獲数(速報値)」(2008年度〜、2026年10月14日更新)、「クマ類の生息状況、被害状況等について(参考資料1)」(出没件数の年度別のグラフ、2009〜2021年度の値を読み取り)、「令和8年度都道府県による堅果類等の豊凶調査(結実調査)(速報)」(2026年10月29日更新)
- 林野庁東北森林管理局「ブナ開花・結実調査」(1989〜2026年の豊凶指数)
- 気象庁「地域平均気象データ」(北日本の平均気温平年差、3か月の値。2026年10月29日取得)
- 総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」(2026年1月1日現在、2025年の人口増減率)
- 環境省中国四国地方環境事務所「四国山地におけるツキノワグマ生息調査の結果について」(はしっこプロジェクト2024)
環境省・東北森林管理局・総務省のデータは2026年10月30日に取得。年度は4月〜翌年3月です。被害の人数は亡くなった人を含みます。人身被害の表に九州・沖縄の8県の行は無く、この記事では0人として数えました(環境省の注記では、近年クマの目撃・捕獲の実績が無い県です)。ブナの指数の5県平均、相関係数、平均、倍率、人口10万人当たりの値は、取得したデータから計算しました。2026年度の値は、人身被害は9月末まで、出没件数は8月までの速報値です。2009〜2021年度の出没件数は、資料のグラフに書かれた数字を手で読み取った値です。
この連載の記事は、「本当なの?」の一覧でまとめて読めます。
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